雑踏の中を山羊や羊がうろつき、露店の食べものをかっぱらいそこねた犬が蹴とばされ、人力車の車輪の下をかいくぐるようにニワトリが駆けぬけ、屋根から急に飛び降りてくるサルや、にぎやかに走り回るブタに歩行を妨げられたり、前からはウシ、後ろからゾウが、追ってきたり……。とにかく、ここでの動物たちは、人間と対等に暮している感じさえする。
飼育されているなどという様子ではない。
「河童が覗いたインド」妹尾河童

こちらは30年くらい前? の話なのだが、今のインド(しかもデリー市内)でもたいして変化がない。

動物園以外でこんなにいっぺんに動物にお目にかかる機会なんて、私にはなかった。というわけで頭の中が超混乱。自分の動物リテラシーの低さを思い知る。ロバと馬の区別がつかないとか、痩せた小さい牛とヤギの違いだって怪しい。自分の中の牛のイデアが「ホルスタイン」で、そこから遠くなるととたんにわからなくなるらしい……。ちなみに、インドの「聖なる牛」たちは、基本的に野良なので、日本で見る牛よりはだいぶやせこけている。

進化生物学者のボスには「へー、ほ乳類と鳥類だったら見分けつくんだー」と本気か冗談かわからない発言をされ、何かと無駄に物知りの同級生からは「あれは『うぬ』。牛と犬の子ども」とからかわれ、海の生き物マニアの後輩からは「生き物低関心層ですね!」とそれこそ感動され。いやもうほんとに。

自分を「動物低関心層」と位置づけ、いかに無関心の壁を乗り越え、リテラシーを獲得していくか……という過程を見るのは研究の参考になるかもしれない。ならないだろうけど。